寅さん!

寅さんが愛したマドンナは今どうしてる /栗原小巻/岸恵子/

国民的映画と言われ、ひとりの俳優が演じた最も長い映画シリーズとしてギネスブックにも登録された。

この長寿シリーズでは、日本を代表する女優がマドンナとして登場❣

今回は、栗原小巻さん、岸恵子さんの若い頃から・・現在を追ってみた・・

栗原小巻さん/ 第4・36作 に2作品に出演/春子/真知子先生を演じた

 

1945年 世田谷区のご出身・・

学歴は、
桐朋女子高等学中退
⇒チャイコフスキー記念東京バレエ学校卒業

特技は、
洋裁、ロシア語、クラシックバレエ、

ちなみに、本名も「栗原小巻」


少女時代はバレリーナを志していた

バレエをやるには演技力の基礎訓練が必要と当時「ボリショイバレエ団」の著名な教師に言われ、卒業後は、劇団「俳優座」養成所に入所。

1967年、NHK大河ドラマ「三姉妹」で、ヒロインの末妹・雪役を演じると、たちまちブレイク。

その後、清楚な美しさと芯の強さを併せ持つ女性の役を多く演じられると、プロ受けする高い演技力とその現代的な美貌から、栗原さんの熱狂的男性ファン「コマキスト」が続出。

吉永小百合さんの熱狂的男性ファン「サユリスト」と共に、アイドル的存在として、人気を二分した。

渥美さんとは「男はつらいよ」シリーズが始まる以前、共演したことがある。連続テレビドラマ「泣いてたまるか」の第12話「子はかすがい」1966年/ 意地っ張りの大工(渥美)。その息子が通う小学校の先生(栗原)を演じた。

つくづく、渥美さんとの共演では先生役として縁が深いんだなと思ってしまう。

結婚歴はなく独身・・

現在は

50年在籍した俳優座はすでに退団しており、77歳を迎える2022年現在はフリーで舞台に軸足をおいた活動を続け、近年は舞台の衣装デザインも手がけている。

昔と変わらないプロポーションと気品あふれる佇まいは変わらず、

若い頃に映像作品に出演していたのは、将来舞台に重点をおくための学びだったとも。

近年は舞台の衣装デザインも手がけている。

舞台を主軸に活動する今は、まさに望んだとおりの女優人生を歩んでいるといえそうです。

岸恵子さん/ 第12作 私の寅さん/ 美人画家 柳りつ子を演じた

帝釈天で渥美さん、山田洋次監督の三人でヒット祈願・・・

ご利益あって、シリーズ観客動員数最多を記録。

 

1932年 神奈川県横浜市神奈川区のご出身・・

学歴は、
神奈川県立横浜平沼高等学校卒業

こちらも、「岸惠子」は本名です。


高校生の時スカウトされ映画界へ

高校2年生の時、同級生のおじさんが松竹大船撮影所長の友人だったことから、撮影所に見学に行ったことから研究生としてスカウトされる。

「君の名は」で大ブレイク

1953年から1954年にかけて公開された、映画「君の名は」の3部作でヒロイン・氏家真知子役を演じられると、映画は記録的な大ヒットを記録。

劇中の岸さんのストールの巻き方が「真知子巻きと呼ばれ、多くの女性たちの間で大流行する社会現象まで巻き起こるほか、ブロマイドは売上1位を記録し、岸さんはスター女優としての地位を不動のものに。

あのデヴィッド・リーン監督から、新作の主演でオファーを受け、出演前から大きな話題になる。結局、製作が大幅に延期したため、出演を断念した。本人はリーン監督から何度か出演依頼を受けており、「もし人生に後悔があるとしたら、デヴィッド・リーン監督の名作映画・・『戦場にかける橋』に出演し損ねたこと」だと語り、断ったのは唯一の後悔だと振り返る。

その後、人気絶頂の1957年、25歳の時には、フランス人映画監督イヴ・シャンピさんと電撃結婚してフランスに移住し、世間を驚かせた岸さん。結婚後もフランスと日本を往復しながら女優活動を続け、

1975年、43歳の時には離婚、その後..引き続きフランスに在住し、日本とフランスを往復する日々を送る。

2000年、娘や2人の孫息子と暮らしたフランスを離れ日本に戻り、横浜の実家で一人暮らしを始めた。

現在は・・

トークショー、女優や作家、エッセイスト、ジャーナリストとしても活躍する多才ぶり・・

91歳を迎えたが、上品で若々しい美しさはいまだ健在だ。

 




 




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