昭和世代の映画雑学

『傷だらけの天使』昭和あの頃の若者が憧れたアウトロー!

軽やかな曲(井上堯之バンド)で、オープニングに登場したショーケンは衝撃的だった。
あの演技か?どうか分からない、コミカルな表現から受ける存在感は、当時『シラケ世代』と呼ばれた若者の心を鷲掴みにしたからねえ!

あのころの時代背景は・・

高度経済成長期が終焉をつげ、「光化学スモッグ」などの公害問題をはじめ豊かであった社会の歪が現れてきた。一方で学生運動への失望や時代が終わった無力感から当時の若者たちの間では、無気力・無関心・無責任という冷めた風潮が流行した。そこに現れたのがショーケンだった。当時の若者に通じるやり場のないモヤモヤとした鬱屈感や閉塞感を、今までの俳優とは違う..地で演じたようなショーケンのリアルな存在感は、まさに時代を背負った俳優だった。

『傷だらけの天使』裏話

当初、相棒役の亨にキャスティングが予定されていたのは火野正平だった。レギュラー番組が決まりスケジュールが取れなくなったために火野から水谷豊に変更になったとか。オープニングで新聞紙を襟元に入れるシーンのアイデアはショーケンだった。

このドラマが製作されることになって、深作欣二に会うなり「何で僕は『仁義なき戦い』に出られなかったのか」「僕があそこに出てなかったのは自分でも信じられない」と話していたと言い、急きょ第1話の監督が深作監督になった。

その第1話で修が古美術屋に強盗用のモデルガンを借りに来るシーンがあるが、その店の店主が金子信雄で広島弁を喋る『仁義なき戦い』の山守親分のようなキャラクターで登場する。修役を演じたショーケンがモゴモゴと「このオジさんむかし広島でヤクザの親分だったから」などという台詞を喋っていた(笑)

衣装協力としてBIGIがクレジットされており、菊池武夫が担当した。萩原健一演じる木暮修の服やスタイルは、当時の若者に多大な影響を与えた。後に衣装はBIGIで売れ残った品を買い取って使用されたと話している。

このドラマを観て、ショーケンが穿いていたストレートバギーが仲間内で流行っていたよ。

当時、製作側は『タイトルバック不要でいいんじゃないか』って話だったらしい。スポンサーサイドから『ないとダメだ』と言われたため、恩地日出夫監督と木村大作カメラマンが急遽撮影したものだったとか。ショーケンは「どさくさ紛れに、時間稼ぎでやったやつだったね」と語っている。

 

最後に・・

演技をまるでしていないかのようで、そこらの若者がそのまま画面に映っているような実在感が他の俳優の演技スタイルと比べて違っていた。そして、あの人なつっこい笑顔と時折みせる寂しげな表情も魅力的だった。

  • 感性で時代に風穴を開けた男 / 石橋蓮司(俳優)
  • 管理されない男のすごさ / 佐藤幹夫(演出家)
  • 時代を吸収する不良性の感度 / 奥山和由(映画プロデユーサー)
  • いい役者は脈本を見事に壊す / 柏原寛司(脚本家)

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