この映画の文句ない面白さは既に語りつくされていると思う。今回は裏話という切り口でストーリーや細かい解説は省いて、エンターテインメントの楽しさとして紹介したい。というのもこの映画を何回も観ている方も多いと思うが、その製作過程の裏話を知ることによって視聴する際に新しい発見や、それと併せて黒澤伝説ともいえる徹底した「こだわり」、独創的なカメラワーク、黒澤演出などを今回紹介することで気になるシーンを何度でも観たくなる誘惑に駆られるだろう。
まずご存知だと思うがこの映画の印象度が濃いのは前半と後半の物語がはっきり二つに分かれていること。前半は権藤邸サロンで繰広がれる『舞台劇』ともいえる密室ドラマが繰り広げられ、後半は犯人を地道な捜査で追跡するサスペンス溢れる『捜査劇』の過程が最大の見どころになっている。
目次
権藤邸サロン
この権藤邸のサロンは三つのセットが造られている。夜の撮影用のスタジオセット。もう一つは横浜・浅間台の邸宅内部から見下ろすセット(権藤が密室状態のサロンの窓を開けると風が入り外の喧騒が聞こえるのが心地良い)もうひとつは山の下から見上げた邸宅。
カーテンのかかってないところから夜の横浜が見えるが、あれはスタジオセットで作られたミニチュアの夜景。
まるで怪獣映画のセットみたいに豆電球をたくさん吊って自動車もミニチュアで作って動くようにした、これを作るのに一週間かかったらしい。僅か2ショットしか写らないところが黒澤映画らしい。


権藤邸内部で繰広がれる集団劇は圧巻のひと言!延べ14人の人物が物語の発端をほとんど一部屋だけで演じていく。
ここでは、シーンごとによって出演者たちの立ち位置を厳格に決めていると思われ、黒澤監督の演出面のルーティンともいえる入念なリハーサルがされていることだろう。
またワイドスクリーンを活かした見事な構図!さらに黒澤映画のお家芸、室内でも望遠レンズを使うことによって俳優がカメラを意識しないで演じることが出来る。さらにこの作品に限らず黒澤映画の映っているもの全てが被写体という...パンフォーカスによる映像に漂う緊張感が半端ない。
陰謀が巡る持株の密談
ナショナル・シューズの重役たちが 経営戦略をめぐって火花を散らす。 黒澤監督と三船もまた火花を散らした..

子供をまちがえた!

舞台劇を観ているような構図!
<重役たちの密談>と<間違えた誘拐>・・この二つの設定が観客に提示されるのに20分足らずのたたみかけるようなテンポの良さ!
香川京子による裏話

刑事役の仲代達矢が、犯人に警察が介入していることを知られないために部屋のカーテンを閉めて隠れているシーン。
「身代金は払わない!」と決めていたが、その決断に動揺しているのか・・・🧐
三船さんが、刑事となにか会話をしているうちに興奮して、思わずカーテンをパッと開けたんです。
次の瞬間には慌てて閉めるんですけど、あれは三船さんがお考えになったアイデアなんです。
その時の役柄の心情が見事に表現されていて、私、あのとき、すごく感心したんですよ。やっぱり三船さんは凄いなぁっ!て

誘拐犯から電話がかかってくるシーンでは、三船の背後にいた香川が電話に耳を傾けたとき、黒澤監督から「逆だよ」と注意された。そのとき三船は小声で「身体を逆にしたらいいんじゃないの」と彼女に教え、自然に演じられるように気遣いをみせた。
「昼日中にカーテンを閉めきって
・・何をやってるんだ」
高台にある権藤邸の広い窓から
下の街が見える
犯人はその窓を望遠鏡でうかがっていた
犯人からの電話にカーテンを開ける
黒澤監督自ら屈みこみ・・
刑事役に演技をつける🎬


戸倉警部の不自然な額の剃り込みは ヘンリーフォンダみたいな額にと.. 言われて毎日撮影前に剃っていたとか
『12人の怒れる男』のシドニー・ルメット監督は黒澤明が愛した映画作家だった...

深夜、工具をばらまく音が響く..
昔はカバンも作らされた。また、いちから出直しだ。
香川演じる権藤夫人を、黒澤監督は「カバンより重いものを持った事がないような女優のエリザベス・テイラーをモデルにした」と語っている。

革の扱いに慣れた権藤が、発色のカプセルをカバンに仕込む『伏線』となる孤独な作業でここまで50分の第一部の室内のシーンが終わる。
特急第2こだまが轟音と
ともに走る第2部の幕開け
カメラが初めて外に出て特急第2こだま(151系)がワイドスクリーンを右から左へ走る場面展開が実に鮮やか!
この作品の最大のクライマックス。
特急こだまの「洗面所の窓」は7cm 開く! 撮り直しは出来ない一発本番シーン
酒匂川、鉄橋見えた!本番何秒前! カメラ確認! AカメラOK BカメラOK CカメラOK! 本番十秒前。九、八・・スタート!

国鉄の車両を貸し切っての撮り直しがきかない一発勝負だけに演じる俳優たちの緊張度はマックス。
先頭車両での撮影を担当していた助監督の森谷司郎によると、田口を演じた石山健二郎は緊張のあまり、カメラテストの「スタート」という掛け声を本番の「スタート」と勘違いし、こだま号が鉄橋にかかる前に芝居を終わらせた。森谷から報告を受けた黒澤はラッシュを見て撮り直しも覚悟したが、なんとか編集でうまく繋いで事なきを得た。
編集前のシーンでは石山が後ろを振り返る場面があるとされるが、ミスに怒った森谷が石山の尻を蹴飛ばしたのに反応したものとされる。

実際にリアルな振動で揺れ動くカメラ!観ている我々も実際に車内にいるような緊迫が伝わってくる。また黒澤伝説となっている列車が酒匂川の鉄橋にさしかかるシーンの撮影において、無事な子供を見せるために民家の2階部分が邪魔になり、もちろん後日復元させたが屋根を取るように指示。映像では誘惑された子供の前に一瞬だけ取り壊された屋根の修復に使う補強材が写っている。
度肝を抜いたパートカラー!

実は『椿三十郎』の赤い椿を流すシーンで試みる予定だったとか...
共犯者の別荘を
見つけるシーン

映画の設定は真夏だったが、実際の撮影は真冬に行われていた。出演者は吐息が白くならないよう、時には口内に氷塊を含んで撮影に臨んだとか...😱
白熱を帯びる捜査劇
伊勢佐木町の犯人追跡のシーンは ずっと..ロケシーョン撮影だと思ってたが
オープンセットだったとは・・ CGのない時代のスケール感は半端ない
実はこの伊勢崎町のシーンは東宝撮影所の銀座のオープンセットにアーケードをつけて「化粧直し」したとか。実際の伊勢崎町の車道はもっと狭いと言われている。またバックで流れている雰囲気のある曲は『美女と液体人間』(本田猪四郎監督)で使われている曲。

伊勢佐木町で往来するエキストラにも注目して欲しい。入念なリハーサルが繰り返したと思われるが、通行する人物が何かの目的を持ってそれぞれ 往来し生活感まで伝わってきて、ここでもカメラを意識しない望遠レンズで演出をしている。実際、このシークエンスは見る度に新しい発見があって興味深い。
スタイリッシュな細かい演出


名作『生きる』でも実践しているが車が走行すると街のネオンがボディに流れる映像が何度みても印象深い。
黒澤映画によくある演出
黒澤映画によくあるパターン... 緊張した場面にふっと笑いを入れる。
何、ホシが花屋に入ったぁ!? すぐに誰か花を買いにやらせろ あいにく花を買いにいく面は ひとりもいません!
この作品では他にも、病院のゴミ収集所の火夫:藤原釜足の如何にも居そうな人物や、横浜駅の乗務員:沢村いき雄の『鉄オタ』みたいな台詞。

麻薬受け渡しのシーンが圧巻
「ハマの銀座」の酒場にひしめく客、マドロス帽を被った水夫に変装する刑事たち、画面いっぱいに活写されるパンフォーカスによる熱気あふれたダイナミックな映像が圧巻!
当時、伊勢佐木町に実際にあった 根岸屋を4倍にしたモデル。 東宝スタジオでセット撮影・・ 多国籍風の雰囲気、当時の物価もよく分かる

麻薬を渡す女(岩崎トヨコ) 「用心棒」の女郎役にも出演してた.. そのふてくされた顔がいい。

実際に黄金町にセット・ハンティングに 行くのは美術スタッフだけだと怖いから横浜署の刑事さんについていって貰った。
公衆便所に麻薬を茶碗で溶かして 注射をやった跡があった『村木与四郎の映画美術』より

実際の写真


モルモットにされる禁断症状の女が、手の爪でかきむしるヒステリックな音に耳を塞ぐ人も多かっただろう。
なぜかこの後何が起きるのかがわかる画像選手権
ホシを泳がせろ!

ラストシーン
強い光量の照明に照らされ続けた金網 は熱く、犯人役の山崎努は火傷した。
(実際に傍で見ていたスタッフが金網を掴んだ山崎の手から湯気のような煙が出ていたという証言もある)
山崎努の髪に刀の砥の粉をかけて髪を ぱさつかせ犯人の反抗的な態度を表現。

『天国と地獄』というタイトルは単に両極端の境遇を描いたということではなく、ふたりの人生の選択によっては逆になっていたかも知れない。

まとめ・・・
この作品を初めてみたのは、名画座のリバイバル上映だった。老朽化した館内...名画座独特の匂いを発していたが、2時間20分あまりの上映時間はあっという間だった。その後、ビデオ、DVDなどで何度も観た、いや、何度でも見たくなったのが正直な感想で、おそらく『七人の侍』 より多く観ている。
一方で警察の行き過ぎた捜査が問われたり、公開された一か月後に「吉展ちゃん誘拐殺人事件」など都内を中心に誘拐事件が多発したという皮肉な現実の出来事があったが、作品自体のエンターテインメントとしての面白さは見る度に増し、新しい発見がある。
『東宝名画座』
14日間無料体験の案内
すでにプライム会員の方はもちろん、Amazonプライム30日間無料体験中でも申し込みが可能です。
登録・解約も簡単!
『天国と地獄』をはじめ、東宝の名作映画が大集合!
体験終了後は月額390円
アカウントをお持ちの方は
こちらからどうぞ ⬇️⬇️⬇️
Amazonプライム
30日間無料体験
詳しくはこちらからどうぞ ⬇️⬇️⬇️